愛とは

目安時間:約 3分

なぜ愛を定義するのか?

愛の定義を作らないで愛を語るなんて意味が無い。感じる愛もあるけれど、言葉として理解し概念を定義することで人の言動は一致していく。行き当たりばったりの愛を止めて貫く愛を実践するなら自分なりの定義が必要です。

なぜ、愛がふらつくのか?

いろいろな人の愛には、思いを遂げたいが入っていて、対象であったり立場によって言動がふらつく。それでは、愛を語るなんて無理だし、毎回違う愛を語っていると、ただ都合のいいように切り抜けているように見える。それでは愛し合うことはできないし、パートナーに信用してもらうこともできない。枠を広くして、恋愛以外にも適応しようと思ったら、相手をコントロールすることを止めることです。思いを遂げたいが入っているので、それがコントロールになります。相手を良い状態にしたいのもコントロールです。

 

もし、あなたがそれをされたらどうしますか?

例えばの話ですが、子供が進学や就職を考えたとき、親が出しゃばって子供がやりたいことよりも将来の安定を選んで決めていったらどうでしょうか? あるいは、親が納得できないような夢を追おうとしたら? 親が認めないようなパートナーを連れてきたとき、どう対応するか? コントロールが強い親であれば、行動に口出しして変えてしまうかも知れません。

子供は突っぱねて自分を通す道が少ないです。つまり親が出しゃばれば自分を抑えて親に合わせてきます。恋愛でも、相手に合わせて自分を抑えてしまえば、いつか、いつか爆発します。永久に我慢できないから、ちょっとガス抜きをやります。

そういう態度もコントロールする人には許せません。コントロールされる側も限界が来ます。

もし、自分を曲げろと言われたら人はどう思うでしょうか? あなたのためなんて言葉は嘘で、私のためにはあなたはこうしなさいって言っているんでしょう。それは愛でしょうか?

愛とは?

愛とは相手をそのまま認めて、相手の自由も認めます。行使するとき、苦しいくらい精神力を必要とする場合もあります。でも、信頼して相手に任せる。もちろん、反対の時はそれを話すことはいいでしょう。本人の最終的な決断が出てきたら、背中を押してあげるんです。

時として愛は苦しいです。でも、愛されていることを感じられれば、そんなに力強いことは有りません。

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